ハーブ・アロマ メルマガ 「佐々木薫先生のエッセイ」
vol.86
サクラとカレンデュラ
サクラ前線が日本列島を駆け抜けて行きます。サクラは日本の国花であり、日本人の多くの心に響く花とも言えるでしょう。
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サクラは花にもほのかな香りがありますが、サクラから連想される香りといえば、「桜餅の香り」でしょうか。その香りは花ではなく、葉の香りです。正確にはオオシマザクラの葉の香りですが、生の葉ではその匂いはほとんど感じられず、塩漬けにした上で、寝かせて初めて、あの甘い香りが出てきます。
桜餅の香りの正体は、クマリン(化学式:C9H6O2)という芳香成分です。生葉の中では他の物質と結びついているため、匂いはしません。抗菌作用、エストロゲン様ホルモン作用、光感作(こうかんさ)促進、抗血液凝固などが知られ、血栓防止薬としても利用されています。
伊豆半島の先端に近い松崎町は、この桜葉の産地として有名です(全国需要の7割を出荷)。この3月末に松崎町を訪問する機会があり、その際に葉を採取するためのオオシマザクラの畑を通りかかりました。苗を植えてから2年目に葉を採取し、約1年間塩漬けにします。時期的にはまだ葉はほとんどついていませんでしたが、ていねいに保護され栽培されていました。
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オオシマザクラは伊豆諸島に自生し、栽培も古くからされてきたようです。ソメイヨシノはこのオオシマザクラとエドヒガンザクラの交配種です。サクラはハーブには分類されませんが、その葉は古来より、身の回りで活用されてきた植物です。
春に花を咲かせるハーブはたくさんありますが、そのひとつに「カレンデュラ」(Calendula officinalis) があります。一般には「マリーゴールド」の名で流通することがあるため、後で説明する本来の「マリーゴールド」と混同されることがありますが、薬用に使われてきた種は「カレンデュラ」です。
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シェイクスピアの作品『冬物語』にも登場し、「お日さまと一緒に寝て、お日さまと一緒に涙を流して起きる花」と表現されています。このセリフはまさにカレンデュラの特徴を表していて、「一緒に寝る」とは日没とともに花びらを閉じることを、「涙を流して起きる」とは日が昇るとまた朝露をいっぱいためた花びらを開くことをさしています。そして、この習性は規則正しく行われ、それが属名Calendulaの元になりました。この語源はカレンダー(Calendar)と共通です。
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英名は「ポット・マリーゴールド(pot marigold)」で、この「ポット」は「鉢」ではなく「鍋」をさすそうです。カレンデュラが食用に使われていたことに由来します。βカロテン、ビタミン、ミネラルが豊富で、わずかな塩味と鮮やかな天然色素を持ちます。特に英国では、ドライの花びらをジャムなどに混ぜたり、煮込み料理やパン生地にも使うようです。生の花びらはサフランの代用として、バターやチーズの色付けにも使われたそうです。
和名は「トウキンセンカ」といいます。もともと日本には「金盞花(キンセンカ)」と呼ばれるCalendula arvensisが存在し、江戸時代にカレンデュラ(Calendula officinalis)が渡来した際に、区別するために「トウ(唐)キンセンカ」と呼ばれました。
本来「マリーゴールド」の名で呼ばれる植物はTagetes(タゲテス)属で、アフリカンマリーゴールド(Tagetes erecta)、フレンチマリーゴールド、メキシカンマリーゴールドなどがあります。共通するのは、他の植物の根に寄生する土壌害虫であるセンチュウ(ネマトーダ)の駆除に役立つことで、特にフレンチマリーゴールドが有力です。どれも色鮮やかで彩りがよいので、公園や街路の植栽としてよく使われるため、目にすることも多いでしょう。
1980年代に、ハーブの世界において「カレンデュラ」が「マリーゴールド」の名で日本に紹介されたため生じた混乱は、今なお続いています。通称や一般名はあいまいなところがありますので、「学名」を理解することが重要です。
*参考資料:日本メディカルハーブ協会ホームページ
日本園芸協会 指導部 佐々木薫