herb& aroma mail magazine

ハーブ・アロマ メルマガ 「佐々木薫先生のエッセイ」
vol.49

夢みるハンガリーウォーター

 ローズマリーを主材料とした化粧水「ハンガリーウォーター」は、その誕生のユニークなエピソードと共に、ハーブ・アロマ愛好家にはとてもよく知られています。14世紀の頃、手足の痛みに悩むハンガリーの王妃に治療薬として献上され、使ったところ、痛みを回復させるどころか全身を若返らせ、70歳を超えた年齢にも関わらず、隣国ポーランドの王子に求婚されたという逸話です。アロマテラピーが日本で知られるようになった頃、ローズマリーの特徴を示す面白いエピソードとして起用され、アロマ関連の歴史の一例として、日本アロマ環境協会「アロマテラピー検定」の公式テキストにも掲載されました。

 しかし、その根拠を調べてもハンガリー王妃とは誰なのか、年代など、はっきりとした情報が見つかりません。私自身も調べたことがありました。事実かどうかもわからないのに、エピソードだけが広まったのは、この話にロマンがあり、とても魅力的だったからでしょう。ローズマリーにはアピゲニン、ロズマリン酸など、抗酸化作用のあるポリフェノールが含まれ、その精油成分には1,8シネオールやα-ピネンなどを含み、森林を思い起す爽やかな香りで、抗菌作用、抗酸化作用、脳機能活性化が期待できます。まさに「若返りのハーブ」で、話が真実と信じられても不思議はありません。

▼ 18世紀の薬草書に登場する
ローズマリーの植物画

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 この一連のエピソードが逸話であることは、ヨハン・ベックマン氏(1739-1811年)が『西洋事物起源』という著作の中で記載しています。ヨハン・ベックマン氏はドイツの技術学の創始者で、この本ではヨーロッパの科学史・技術史、多岐にわたる事項について、由来や起原をまとめています。その中にハンガリー水が取り上げられているだけでも、実存していた証拠になります。ストーリーは逸話ですが、ハンガリー水というものは存在し、多くの人に知られていたということでしょう。

 当時のハンガリー水は、ローズマリーをアルコールと共に蒸留した蒸留酒で、アルコールベースの香水の起源ともされます。中世ヨーロッパでは、治療薬、香水として各地で愛好され、人気は18世紀頃まで続いたようです。ロンドン薬局方にも薬として掲載があります。

 これにとってかわったのが、「ケルンの水」です。ケルンの水は香水的な要素が強かったので、その頃からいわゆる治療薬と芳香を目的にする香水が別のものとして扱われるようになったということかもしれません。どちらも背景にはアルコールの発見、高品質化があります。アルコール自体、「生命の水」とよばれ、万能薬として扱われましたが、錬金術による蒸留法の発展と共に、純度の高いアルコールが作られるようになり、ハーブの有効成分の抽出精度も上がりました。

 ハンガリーウォーターには、ハーブ、アロマ、蒸留酒、人の生活の歴史が刻まれていると言え、王妃のプロポーズの話は無くとも、ロマンあふれる産物と言えるでしょう。現在は処方のハーブをアルコールに浸けてチンキ剤を手作りし、楽しむことができます。ハンガリー王妃に思いを寄せて、この春は若返りを夢見るのも楽しいでしょう。

▼ ハンガリー水のためのチンキ作成中

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日本園芸協会 指導部 佐々木薫



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佐々木 薫(ささきかおる)
プロフィール:
公益社団法人日本アロマ環境協会認定アロマテラピープロフェッショナル。 NHKをはじめテレビ、ラジオの出演多数。 日本園芸協会の通信教育講座「ハーブコーディネーター養成講座」テキスト執筆者。

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日本園芸協会 学習サービス課 aroma@gardening.or.jp




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