herb& aroma mail magazine

ハーブ・アロマ メルマガ 「佐々木薫先生のエッセイ」
vol.43

4人の盗賊のビネガー

 「4人の盗賊のビネガー」、私がこのなんとも奇妙な名前と最初に出会ったのは、数十年前のことですが、フランス製のオー・デ・コロンの名前でした。

▼ 同様の歴史に由来し、現在も販売されている
芳香ビネガー「7人の盗賊の酢」

 17世紀、フランスでペスト(黒死病)が大流行したとき、感染を逃れながら盗みを繰り返す4人の盗賊団がいたそうです。当時は全員が感染して亡くなるような家もあり、そこに目をつけ盗みを働いたわけですが、彼らはなぜ感染しなかったのか? 彼らが身につけていたという秘薬があり、それが逸話として現代に伝えられています。

 秘薬は、セージ、ローズマリ―、ミント、ルー、シナモン、クローブ、ニンニク、樟脳などを酢に漬け込んだもので、体に塗って感染を防いだそうです。今ならアルコールですが、まだ上質なアルコールが入手しにくかった時代、ヴィネガー(酢)は食用のみならず、酢そのものが薬として、また薬草の有効成分を浸出するベースとして使われました。酢にも殺菌効果があるので、相乗効果も想定されます。仏語で「Vinaigre des quatre voleurs」です。この処方は消毒薬として、19世紀末までフランスの薬局方にも掲載され、効果は認められて来ました。また、この伝統薬の処方は、フレグランスにも応用されています。

▼ジャン・バルネ医師の書籍にも
「4人の盗賊のビネガー」のレシピが掲載されている

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 ペストは6世紀から18世紀にかけ、繰り返し、ヨーロッパ中のあちこちの都市で流行を続けました。14世紀にはヨーロッパの人口の約3分の1を減らしたとも言われます。17世紀には治療にあたる医師「ペストドクター」に独特のスタイルが考案され、帽子、マスク、マント、杖などを身につけ、感染をガードしました。マスクは長い嘴のような形をし、その先端にローズマリーやラベンダーなどを詰めたと言います。当時は、細菌などの存在はまだわからず、災いを起こす空気「瘴気(しょうき)」が原因とされ、ペストは毒された空気を介して感染すると信じられていました。甘く強い花の香りやツンとする刺激臭など、「よい香り」は空気を浄化し、疫病を予防できると考えられました。嘴の先に詰めたハーブが、医師が吸い込む空気を解毒すると信じられました。よい香りとは、竜涎香、クローブ、樟脳、没薬、バラの花びらなど。瘴気の浄化のためには、街角で燻蒸も行われました。安息香や乳香といった樹脂を薦めている医学書もあります。イギリスでペストが流行した時には、毎日決まった時間に火を焚く条例が出され、マツの焚火が一番効果的とされました。「大予言」で有名な占星術師ノストラダムスは、医師でもあり、ペストの治療のための処方箋を残しています。彼はローズを使いました。予防にはサイプレスやローズマリーなどと一緒に燃やすこと、薬としてはローズの丸薬を薦めています。香料を詰めたポマンダーも疫病から身を守るためのお守りとして身につけられました。現代科学の目で見れば、その効果はわかりませんが、当時の人々にとってハーブやスパイスは大事な存在だったと言えると思います。

▼ ペストマスクのレプリカと
当時のペストドクターを描いたポストカード(右下)

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 現在、COVID-19対策最前線で闘ってくださっている世界中の医療従事者の方々はじめエッセンシャルワーカーの皆様へ、心より感謝を申し上げます。

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日本園芸協会 指導部 佐々木薫



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佐々木 薫(ささきかおる)
プロフィール:
公益社団法人日本アロマ環境協会認定アロマテラピープロフェッショナル。 NHKをはじめテレビ、ラジオの出演多数。 日本園芸協会の通信教育講座「ハーブコーディネーター養成講座」テキスト執筆者。

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日本園芸協会 学習サービス課 aroma@gardening.or.jp




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