<猫井登のお菓子紀行>
vol.31
イギリス・ロンドン(3)
ロンドン中心部
この「お菓子紀行」では、私:猫井登と、同じくお菓子研究家である妻:Junkoが実際にお菓子の研究のために訪れた国々での体験や旅の様子を交えながら、さまざまなお菓子を紹介していきます。
今回は、イギリスのロンドンの様子です。
前回からのアフタヌーンティー講習の続きです。
▼アフタヌーンティーのセット |
J:紅茶とミルクの後先問題、スコーンのジャムとクリームの後先問題は、とりあえずいいとして、そもそも、アフタヌーンティーって、いつ、どのように、始まったものなのですか?
先生:1840年頃に第7代ベッドフォード公爵フランシス・ラッセルの夫人、アンナ・マリア・ラッセルによって始められたと伝えられているわね。
当時の上流階級では、たっぷりの朝食、軽い昼食、その後はオペラ鑑賞など夜の社交が終わってからの、かなり遅い時間に夜の食事をとっていたので、昼食と夜の食事の間がかなり空いていたの。
で、空腹に耐えかねた夫人がパンやケーキを用意させたのが始まりだと言われているわ。
上流階級の夫人たちは、みんな同じ悩みを抱えていたから、友達も招待して「午後のお茶会」が一気に広がったというわけ。
J:なるほど。
ところで、さっきから、気になっていたのですが、サンドイッチやお菓子などが全てテーブルの上に平置きされていますよね?
アフタヌーンティーというと、ケーキスタンドにのって出てくるイメージがあるのですが…?
▼ケーキスタンドにのったお菓子 |
先生:一番聞かれる質問かも知れないわね。
ケーキスタンドが使われるようになったのは、20世紀に入ってからで、アフタヌーンティーが始まった19世紀には、そんなものはなかったのよ。
まあ、上流階級で始まった習慣で、部屋も広かっただろうし、テーブルも大きかっただろうから、全部平置きしても、スペース的に問題なかったわけ。
ところが、この習慣が一般庶民にも広がっていき、ホテルなどでもアフタヌーンティーが供されるようになると、スペース問題が勃発したわけね。スペース問題を解決するためには、お皿を入れ替えるために、ウエイターが何度も行き来しないといけないから人件費もかかるし非効率。
で、生まれたのが、ケーキスタンド!
J:日本では土地が狭いので、家を2階建て、3階建てにするのですが、それと同じですね。
先生:あら、日本はそうなのね。
ケーキスタンドのルーツは、「ダムウエイター(DumbWaiter=もの言わぬ使用人の意)」という家具だと言われているわ。三段の丸い棚がついた脚付きの家具で、食器や銀器を置いていたものね。
これを小さく卓上用にして、持ちやすく取っ手を付けたのね。
ケーキスタンドにも2段のものと3段のものがあるけれど、それぞれ「ツーティアスタンド」「スリーティアスタンド」と呼ぶのよ。
J:アフタヌーンティーには、どのような料理やお菓子を出すのが定番なんですか?
先生:基本的には、サンドイッチ、スコーン、スイーツの3部構成で、まず、サンドイッチでいうと、「キュウリのサンドイッチ」は欠かせないわ。
▼アフタヌーンティーの定番料理のひとつサンドイッチ |
J:なぜ、キュウリのサンドイッチなのですか?
先生:キュウリの生育適温は18~28℃で、冷涼な気候が適しているのだけれど、霜には弱くて、10~12℃以下では生育できないデリケートな野菜で、イギリスの気候では栽培しにくいものなの。
それでも新鮮なキュウリを使ったサンドイッチを提供できるということは、自分には、(1)キュウリを栽培するための広大な土地がある、(2)キュウリ用の温室も持っている、(3)キュウリを上手に栽培することができる使用人も雇うことが出来る、つまり、自分にはかなりの財力があるぞと、招待客に誇示することができたわけ。
J:要は、ステータスシンボルだったわけですね。
先生:そのとおりよ。007の映画『ムーンレイカー』の中でも、大富豪の悪玉貴族ドラックス氏が、ジェイムズ・ボンドに「キュウリのサンドイッチはいかがかね?」と勧める場面が出てくるわよ。
つづく