Sweets Specialist's WEB MAGAZINE

<猫井登のスイーツ面白事典>

vol.52
フォンダンショコラ(2)

前回から「フォンダンショコラ」の話を始め、「フォンダン」「モワルー」「ミ・キュイ」という3つの用語の意味の違いを考えてみました。

実は、これらは3つともフランス語で、英語ではフォンダンショコラのことを「モルテンチョコレートケーキ(Molten chocolate cake)」と呼びます。Moltenはmeltの過去分詞で意味は「溶けた」「融解した」という意味です。

まあ、呼び名の話ばかりしていても仕方がありませんから、今回は、我々日本人がイメージするところの「フォンダンショコラ」、つまり中が溶けだす感じのチョコレート菓子はどのように誕生したのかを考えてみたいと思います。

そもそも、チョコレートがヨーロッパに伝わったのが16世紀で、最初は「飲み物」として普及していったものが、やがて「固形」のチョコレートになり、それが中にナッツペーストなどを入れた一口大の「ボンボンショコラ」に発展していくわけで、いわゆる「チョコレートケーキ」が生まれるのは18世紀頃で、そんなに古いものではありません。

先程の「モルテンチョコレートケーキ」のウィキペディア(英語版)ページを見ると、面白い記述があります。
ジャン-ジョルジュ・ヴォンゲリスティン(JEAN-GEORGES VONGERICHTEN)というフランス系アメリカ人シェフが、1987年に、ニューヨークでモルテンチョコレートケーキを発明したと言ったところ、すぐさま、ジャック・トレスというショコラティエが、そんなものは以前からフランスにあると反論したというのです。

面白いのは、ジャンが語ったモルテンの発明の経緯です。曰(いわ)く、「チョコレートのスポンジケーキを早めにオーブンから出したところ、中はまだゆるかったが、味わいも食感も良かった」から、供したというのです。少なくともアメリカでは、彼のレストランから全国へと広まっていきました。


▼モルテンチョコレートケーキ


なにが言いたいのかというと、フォンダンショコラの始まりは、チョコレートのスポンジケーキをオーブンで焼いている途中で、早めに出してしまい、切ったら中が生焼けで、流れ出してきたというものだったと思われるということです。つまりは、失敗から生まれたお菓子の1つということです。

18世紀頃から、チョコレートケーキが作られ始めたというのならば、現代よりも、昔の方が、もっと失敗が多かったのではないでしょうか? フォンダンショコラの発明のきっかけは、1987年以前にも、どこかで、誰かに起こっていた可能性は大いにあるのです。

同じことが起こっても、それをただの「失敗」と考えるか、それを「新たな発見=新しいお菓子の発明」のきっかけとするか、そこが運命の分かれ道なのでしょう。

今日の、失敗したお菓子は、もしかしたら明日の新しいお菓子かも!?

つづく

プロフィール:
猫井 登(ねこい のぼる)
1960年、京都生まれ。早稲田大学法学部卒業後、大手銀行に勤務。退職後、服部栄養専門学校調理師科で学び、調理師免許を取得。ル・コルドン・ブルー代官山校で、菓子ディプロムを取得。その後、フランスのエコール・リッツ・エスコフィエ、ウィーン、ロンドン等で製菓を学ぶ。著書:「お菓子の由来物語」(幻冬舎ルネッサンス)、「スイーツ断面図鑑」(朝日新聞出版)、「お菓子ノート」(新人物往来社)ほか。
日本創芸学院「コーヒーコーディネーター養成講座」テキスト「コーヒーショップの経営」について執筆を担当、「飲食店開業セミナー」講師も務める。

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