<猫井登のスイーツ面白事典>
vol.20
タルトタタン(1)
そろそろ9月。9月と言えば、紅玉(りんごの種類)が出回り始める季節。この時期になると「タルトタタン」というお菓子が、そろそろフランス菓子店の店頭に登場してきます。
|
タルトタタンというのは、ザクザクしたパイのような食感に生地の上に、バターと砂糖で表面をキャラメル状にされたリンゴがのったお菓子です。フランスでも有名なお菓子だけあって、このお菓子については面白い逸話がたくさんあるので紹介していきましょう。
まずは、誕生秘話について。
1890年頃のお話。パリから200㎞ほど南のラモット・ブーヴロン(Lamotte-Beuvron)という町に、タタン姉妹が営む食堂兼ホテル(HOTEL TATIN)がありました。店では、姉のステファニーが調理を担当し、妹のカロリーヌがサービスを担当していました。ある日、姉のステファニーは忙しさのあまり、リンゴのタルトを作るときに生地を敷くのを忘れて、いきなり、リンゴとバター、砂糖を平鍋に入れてしまいます。気がついたときには、リンゴがグツグツと煮え始めていました。失敗をカバーするため、ステファニーはその上から生地をかぶせて、そのままオーブンへ入れて焼いて、ひっくり返して客に出しました。リンゴがバターと砂糖でキャラメリゼされ、それまでのリンゴタルトよりも美味しいと評判に! 店の看板商品となり、フランス全土に広がっていきました。失敗から生まれた銘菓・・と、このように説明されるのが一般的です。
しかし、調べていくと、いろいろな異説が出てきます。 まずは、タタン姉妹がこのお菓子を初めて作ったということについては、 天才料理人・天才パティシエと称されるアントナン・カレームが、1815年に発刊した「パリの宮廷菓子職人」(Pâtissier Royal Parisien)には、すでに、最後にひっくり返す方法※で作られる、ルーアンのリンゴ、ほかのフルーツをキャラメリゼしたお菓子が紹介されており、タタン姉妹が初めて作ったわけではないという説があります。
※ひっくり返して作る技法を「ランヴェルセ」(renverse)という。ランヴェルセとは、倒された、逆さにされた、ひっくり返された、仰向けになったという意味を持つ回転技のこと。たとえば、プリンも型をひっくり返して、底を上にしてお皿の上に盛りつけるので、フランスでは「クレーム・ランヴェルセ」と呼ばれる。タルトタタンは、「タルト・ランヴェルセ」の一種である。 |
また、このお菓子がフランス全土に広がるきっかけを作ったのは、美食の王と呼ばれ、のちにミシュランガイドの顧問となり旅と美食を結びつけたキュルノンスキーだと言われています。彼がフランスの地方料理を研究していたときにタタン姉妹が作るタルトタタンに接し、美味しさに感動、のちにパリの有名レストラン「マキシム」のプレス向け昼食会でパティシエに作らせ、彼が「創作した逸話」を話したところ、それがジャーナリストを通じてまことしやかに伝わったというのです。
彼が「創作した逸話」とは、キュルノンスキーが食べた「タルトタタン」は、キャラメリゼしたリンゴが下にあり、サクサクした皮が上にのったスタイルのもので、「調理担当の姉がオーブンからタルトを取り出すときに落としてしまって、皿に盛りつけるときに上下を間違え、皮を上にして供してしまった」という話でした。
(つづく)