Sweets Specialist's WEB MAGAZINE

<猫井登のスイーツ面白事典>

vol.7
ケーキ店の憂鬱とヴェリーヌ

もうすぐ、8月。夏真っ盛りですね!

夏は、ケーキ屋さんにとって憂鬱(ゆううつ)な時期です。

暑いので、甘味が強く重い感じのモンブラン、チョコレートケーキの類は売れ行きが極端に悪くなります。それではと、さっぱりめのショートケーキを多めに作ろうとすると苺をどうするかという問題につきあたります。国産苺の流通時期は11月ごろからせいぜい5月頃まで。8月は端境期(はざかいき)で、若干のハウスものを除けば、海外ものを使うしかありません。最近は海外ものもよくなりましたが、国産物に比べるとどうしても固いし、味も日本人好みではありません。そこで苺のかわりにメロンを挟んだり、マスカットを使ってみたりと苦労するわけです。

しかし、フランス菓子店のシェフとしては、ショートケーキはあまり作りたくないというのが本音です。ショートケーキというのは、もともと原型はイギリス菓子で、スコーン状の生地に生クリームと苺を挟んだもので、これが日本に伝わった際に生地がスポンジに置き換えられたものです。つまり、フランス菓子ではないのです。フランス菓子でないものを、店頭にたくさん並べたくないわけです。

 

ケーキ店にとって、もうひとつ頭の痛い問題があります。それは腐敗。温度が上がればバイ菌が繁殖しやすくなり、お菓子も傷みやすくなります。特に危険なのがカスタードクリーム! このクリームには卵がたくさん使われているのでサルモネラ菌が増殖しやすいのです。当然保健所もこのことを知っていて、抜き打ち検査にやって来ます。売上は落ちるし、苺は手に入らないし、保健所は来るし、ケーキ店にとって、夏は最悪の時期でした。

このような状況を救ってくれたのが、グラスデザートでした。同じ材料を使っていても透明なグラスの容器に入れると涼しげに見え、売れるのです。フランスでは、このようなお菓子をヴェリーヌ(verrine)と呼びます。グラスという器に入れることによって、崩れやすい素材でも層に積み上げることができ、グラスの中に異なる色の美しい断層を表現できます。

このverrineという言葉は本来、船のランタン、温度計用のチューブ、保存瓶といった意味を持ちますが、グラスデザートの呼び名としての「ヴェリーヌ」の語源については、2つの説があります。
①Verre(グラスの意味)+Terrine(テリーヌ=野菜や肉などをテリーヌ型で固めた料理)という説
②Verre(グラスの意味)+小さいものを示す語尾(ine)という説


トレンドを作ったのは、フランスのパティシエ、フィリップ・コンティシーニ氏だと言われていますが、一般に広がったのは、フランスよりも日本の方が早く、2002年頃には見られました。日本には昭和の時代からカップ型のプリンやゼリーなどが存在し、グラス型のお菓子に抵抗がなかったためともいわれます。

ヴェリーヌは、自宅で簡単に作ることができるスイーツでもあります。透明なグラスを用意し、そこにスポンジを切ったものや、生クリーム、フルーツ、ゼリーなどを彩りよく入れていけば完成です! 是非、挑戦してみてください!

プロフィール:
猫井 登(ねこい のぼる)
1960年、京都生まれ。早稲田大学法学部卒業後、大手銀行に勤務。退職後、服部栄養専門学校調理師科で学び、調理師免許を取得。ル・コルドン・ブルー代官山校で、菓子ディプロムを取得。その後、フランスのエコール・リッツ・エスコフィエ、ウィーン、ロンドン等で製菓を学ぶ。著書:「お菓子の由来物語」(幻冬舎ルネッサンス)、「スイーツ断面図鑑」(朝日新聞出版)、「お菓子ノート」(新人物往来社)ほか。
日本創芸学院「コーヒーコーディネーター養成講座」テキスト「コーヒーショップの経営」について執筆を担当、「飲食店開業セミナー」講師も務める。

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