ハーブ・アロマ メルマガ 「佐々木薫先生のエッセイ」
vol.50
絵画に見るハーブ
桜前線が日本列島を駆け抜け、木々は芽生え、花々は咲き乱れる、自然界はまさにこの世の春を迎えています。イタリア語で春は「Primavera(プリマヴェーラ)」と言い、primaは「最初の」という意味です。まさに春は「はじまりの季節」です。新年の誓いも立てたかと思いますが、あらためて新しいことにチャレンジしたくなるのが、この季節でしょうか。美しい情景は詩歌や文学、音楽、絵画などの世界でも愛でられ、春をテーマとした多くの芸術作品が生み出されています。
イタリアの画家サンドロ・ボッティチェリの描いた『春』は、ルネサンス期の最高傑作のひとつとしても評価され、とても有名な作品です。教科書などにも掲載され、誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。この絵には9人の神話上の人物、そしてたくさんの植物が描かれています。中央右の女性はローマ神話に登場する、花と春と豊穣を司る女神フローラ。花の女神らしく、花冠、首飾り、ドレス、溢れんばかりの花で飾られています。彼女が花を撒きながら歩く足元に目をやれば、たくさんの花々が画面いっぱい、散りばめるように描かれています。背景を彩るのは柑橘と木々。フローラに寄り添う女性は精霊クロリスで、口元には何やら枝を加えています。
![]() Sandro Botticelli, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons |
![]() それと特定できるようにはっきり描かれている |
描かれている植物は40種類以上と言われ、修復後、その表情は鮮やかによみがえりました。本草学(薬草学)の目から見ても、実物に限りなく近く、ひとつひとつ、現物を前にして描いたのではないかとまで言われています。この絵は結婚祝いとして贈るために描かれたとも言われ、テーマは「愛」、植物も愛や結婚を象徴するものが並んでいます。
たとえば一部を紹介しましょう。研究者によると、画面の上方に実るオレンジは、絵の発注者であるメディチ家のシンボルで、豊穣、古代ローマ神話では結婚を意味します。右端には月桂樹が茂り、間から西風の神ゼフィロスが顔を出し、横にいる女性を捕まえています。彼女が妖精クロリスであることを足元のマツヨイセンノウ(Silene latifolia subsp. alba)が示します。この花は少女を愛の神秘に導く花、ゼフィロスとクロリスの愛の成立は、クロリスの口から覗くヒメツルニチソウ(Vinca minor)、ヤグルマギク(Cyanus segetum)が示すと解釈されます。愛が成立して花の女神フローラに導かれるわけですが、花は愛の勝利を表すバラに変化し、フローラの手元を飾ります。
![]() 愛の花として絵の中に描かれています 花言葉は「愛における幸福」 |
この絵や、彼のもうひとつの傑作「ヴィーナスの誕生」に描かれるバラはまさにオールドローズで、私は当時のバラの存在を紹介するために講座の中でよく取り上げます。しかし、この作品にはバラだけでなく、多くの植物が、それが何なのかを特定できるほどに忠実に、しかも意味を持って描かれているのです。フィレンツェにあるウフィツィ美術館で実物に対面した時の感動は言葉に表せません。絵の前にずっといたいと思ったほどです。絵画をハーブと言う視点から観賞するのも楽しいものです。ぜひ、お試しください。
*この絵に興味のある方に次の書籍をおすすめします。
『NHK 世界美術館紀行 3』NHK「世界美術館紀行」取材班編・NHK出版
『ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎』クリストフ・ポンセ著・勁草書房
日本園芸協会 指導部 佐々木薫
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