ハーブ・アロマ メルマガ 「佐々木薫先生のエッセイ」
vol.36
ポマンダーの季節
店頭にリンゴが目立つ季節になりました。今年の収穫は台風の影響が心配ですが、世界中で愛される果物のひとつです。天山山脈の麓、中央アジアのキルギス共和国を訪問した時、ちょうど収穫の時期で、どこの家の庭もリンゴであふれていたのを思い出します。
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リンゴと言えば、リンゴやオレンジにスパイスのクローブ(丁子)を刺して作る、フルーツポマンダーがあります。「ポマンダー」の名はフランス語のpomme d’ambreで、「アンバーグリスのリンゴ」という意味です。アンバーグリスは「龍涎香(りゅうぜんこう)」という動物性香料で、大変希少で高価なものですが、古くからヨーロッパやアラブで人気があります。ちなみにアンバーグリスとは「灰色の琥珀」の意で、見た目が琥珀に似ているためと思われます。ここでいうリンゴは、リンゴのように丸く固めたものという意味で使われ、リンゴとは直接は関係ないようです。
バラの花びらやハーブ、没薬などの樹脂、イリスの根など、香りの高いものをハチミツで練り合わせて丸め、身につける習慣は、古代ローマ時代からあり、小さな容器に入れて首から下げたりしました。その後に、その容器が金や銀など高価な金属で作られるようになったのです。それがいつ頃からポマンダーと呼ばれるようになったか、明確なことはわかりませんが、魔よけや疫病よけ、聖職者のロザリオの飾りとして使われたようです。16世紀に活躍した英国のエリザベス一世の貯蔵品には、金属製で、オレンジの房のように開き、八つの房ひとつひとつに香料が入れられるようになった素晴らしいものがあります。
フルーツを使ったポマンダーがいつ頃から作られていたか、これも定かではありませんが、オレンジやレモンにクローブを一面に刺して乾かしたものが、この時代から主に疫病よけに持ち歩かれたようです。当時はペスト(黒死病)の流行などもあり、殺菌作用の高いクローブは、高価ではありましたが、身近な存在だったのかもしれません。
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土台のオレンジやレモンも、当時のヨーロッパでは高価だったと思いますが、リンゴは入手しやすく、比較的身近な存在だったと思います。日本で見かける大ぶりなものではなく、小さくてかぐわしいリンゴです。日本で作る場合は、姫リンゴであっても家庭でリンゴを丸ごと乾燥させることは難しく、オレンジやレモンを使うのが一般的です。みかんやユズ、キンカンなども利用できますが、果皮がしっかりしているものがおすすめです。また、刺したクローブが果肉まで届くことも大事なポイントです。クローブを表面全体に埋めるように刺すのが基本ですが、ルールはありませんので、自由にアレンジするのも楽しいでしょう。乾燥すると収縮するので、間隔を開けて刺します。刺し終わったらスパイスパウダーを全体にくまなくまぶし、吊り下げて乾燥させます。粉が落ちるため、キッチンの三角コーナー用の不織布のゴミ袋などを利用するとよいでしょう。風通しがよく乾燥した場所に下げ、1か月ほどすると、カラカラになります。パウダーはシナモン、クローブ、オールスパイスなどのいずれかまたはブレンドし、手に入れば、白檀やオリスルートパウダーなどを加えると、より芳香性が高まります。フルーツの香りとシナモンの香りがあいまって、とてもよい香りです。クリスマスのオーナメントにもよいし、戸棚に入れれば虫よけとおだやかな殺菌になります。リボンを飾って完成です。
日本園芸協会 指導部 佐々木薫
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